「傘必要なら貸すけど」
「えっ、いや君だってそれ無いと困るだろ、いいよしばらくここで時間をつぶしてから帰るから」
「別に、家すぐそこだし」
女の子はそう言って顎をしゃくりました。
「いや、でもやっぱりまずいと思うから気持ちだけもらっておくよ、ありがとう」
そう断ると女の子は「あっそう」と言って傘をたたんでベンチに座りました。
「帰らないの?」
いつもは私服でベンチに座っている子なのできっと帰るのだと思った私は女の子の行動が気になりました。
「あたしの勝手でしょ」
「あ、うん」
女の子はそのままスマホとタバコを取り出していつものようにくつろぎ始めました。
「つーか、マジであたしのこと覚えてないわけ?」
「えっ?」
女の子は睨むような残念そうな複雑な表情でした。
「ちっ」
女の子は何のことかわからず困惑する様子をみてまた小さく舌打ちしました。
「昔そこの角の家にでっかい犬が居たの覚えてる?」
女の子が指差した家には確かに数年前までは大きな犬が居て通行人が通ると狂ったように吠えかかっていました。
「ああ、飼い主がろくに世話をしないから少し可怪しくなってたらしいね、可哀想に病気で死んでしまったらしいけど」
近所の小学生達が怖がって前を通ることができずに立ち往生していた事を思い出しました。
「何度か小さな女の子が犬を怖がって固まってるのを手を引いて通ったこともあったな、今だと確実に不審者扱いされそうだ」
「つーか、それあたしなんだけど」
「えっ?!」
女の子の言葉に本当に驚きました。
確かにあの女の子の手を引いて歩いたのは7〜8年前なので今頃は高校生くらいにはなっているはずですがそれにしても当時の姿もろくに覚えていないので黒ギャルになっていたら分るわけがありません
「確かにそのあとも何度か道で挨拶した気がするけど、そうかあの時の女の子かぁ、大きくなったなぁ」
「気づくの遅すぎだし」
「いやいや、わからないよイメージ全然違うもん」
微かに覚えている女の子の面影は黒髪の短いおさげでした。
「つーかずっとあたしのこと無視してたよね、挨拶くらいするでしょふつう、ほかの人とは普通に挨拶してたくせに」
「いや、年頃の子に道で話しかけるのは無理だよ」
「まあいいけど、じゃあさアドレス交換するからスマホ貸してよ」
「ええっ?」
「嫌?」
意外な話に驚くと女の子は急にしおらしい不安そうな顔で見上げてきました。
「いや、いやとかじゃなくて」
事案とか都条例とかそういう言葉が頭をよぎりました。